2023年8月26日現在、日本酒銘柄「
(2024/6/5 商標裁判の結果について追記しました。「■2024/5/16商標裁判の判決について」の項をご覧ください)
■前提
まずは大前提として、僕はどちらの味方をするつもりもありません。
両者の言い分を聞いて判断するつもりもありません。
また、僕は弁理士でも弁護士でもないので、専門的な判断はできません。
ただ、知的財産管理技能士という国家資格を保有しており、商標関連の最低限の知識は持っています。まあぶっちゃけ、それほど難易度の高い資格ではないんですけどね。
商標法って、条文自体はそれほど多くはないんです。僕でも理解できるくらい。ただ、素人ではグレーゾーンの判断が難しい。というより、専門家でも意見が分かれるくらいから係争になるんですよね。
■問題の概要
さて、今回の問題を簡単にまとめると、雨降という日本酒を造っている
炎上の発端となった「雨降」を醸す吉川醸造のX(Twitter)の投稿はこちらです。
ラーメンチェーン店『AFURI株式会社』より提訴されました。https://t.co/UxlAXhsmxN
— 雨降(あふり)のエヌ (@N_Jomu) 2023年8月23日
一方のAFURI側の主張はこちら。
(2023.8.26 20:00追記)AFURIの公式広報がありましたので追記します。
(2023.8.30 2:00追記)NewsPicksの動画ニュースにAFURIの中村社長が出演されましたので追記します。
https://newspicks.com/movie-series/121?movieId=2777
この問題については、感情的になっては本質を見誤ります。そこで、まずは商標権の問題についての事実を見ていきましょう。
■商標とは
商標とは、商品名などを登録しておくことで、他社が勝手にその商品名を使えなくするための制度です。商標の存続期間は設定登録の日から10年で、特許とは違い何度でも更新できます。もちろん出願すればなんでも登録されるわけではなく、これまでの別の商標と類似していないかなどの審査があります。
■AFURIの商標出願について
AFURIは、「AFURI」(呼称:アフリ)という商標を持っています。最も早いものでは2010年3月23日に商標を出願し、同年7月30日に登録されています。
リンク→商標登録5342603
その後、清酒の分野についても、2019年4月24日に出願し、2020年4月14日に登録されています。
リンク→商標登録6245408
商標には、どの分野の商品について権利を主張するのかという「区分」や「指定商品・指定役務」というものがあり、出願時に指定していない分野については権利を主張できません。だから、同じPRIUSという名前の車(トヨタ)とパソコン(日立)が両方あったりするわけです。そのため、商標権のある分野の商品名にその名前を付けることはできませんが、別の分野に同じ名前を付けたり、この記事のように文章内に使ったりすることは可能です。(ただし、商品名の場合は不正競争防止法など他の法律に抵触する可能性があるので、無制限に許されるわけではありません)
その名前を使われたくなかったらたくさんの分野について商標を出願したら良いのですが、商標の登録には分野ごとにお金がかかるので、よっぽどじゃない限りは、商品に使う分野・それに近い分野・保護しておきたい分野・将来的に使う可能性のある分野しか登録しないのが普通です。
今回の例で言えば、清酒は国内では実際に発売はされていないようですが、将来的に発売したいとの意図をもって登録されたわけです。AFURIは、他のいろんな分野でも商標を出願していますが、もちろん全ての分野について出願しているわけではありません。
また、実際に使われていない商標については、一般に3年以上使用実態が無ければ不使用取消審判請求により他者が取り消すことができます。しかしAFURIはこの商標を2023年3月6日に再出願しているため、現時点での不使用取消審判請求は難しいです。
■吉川醸造の商標出願について
一方、吉川醸造は、「雨降」という商標を2021年1月27日に出願し、同年6月30日に一旦登録されています。しかしその後、2022年8月22日にAFURIより無効審判請求が出されており、現在無効審判中です。→判決が出ました。詳細は後述します。
リンク→商標登録6409633
つまり、2022年8月の時点で吉川醸造は問題を把握しており、今回突然問題が発覚したわけではありません。その間には両者で話し合いがもたれていることが両者の主張に書かれています。
ちなみにこの出願ですが、出願時の呼称は「アメフリ、ウコー、アフリ」となっていました。
プレスリリースによると、雨降の発売日は2021年4月17日ですので、その直前に商標出願したわけですね。
また、吉川醸造は「雨降」のロゴに「AFURI」を加えたものを2023年3月14日に出願しました。今回の問題への対抗策と思われますが、AFURIの再出願より8日遅くなっています。
リンク→出願番号:商願2023-32269
こちらの呼称は「アフリ、アメフリ、ウコー」となっていますね。
この出願については、2023年6月16日に、AFURIの商標と同一または類似しているとして拒絶されています。ただし、吉川醸造はこれに対し、類似してはいないとの意見書を提出しており、現在審査中です。吉川醸造の表示している「AFURI」は「雨降」の読み方としての記載であるからAFURIの商標は侵害していないという主張です。
なお、商標は表記がAFURIと雨降で違っても、読みが一緒なら類似とみなされる可能性があります。ただ、どこまでが類似の範囲になるかの判断は非常に難しく、素人には判断できません。「アフリ」で商標検索すると類似候補として「サファリ」が出てくるくらいですからね。
ただ、通常は商標を出願する前には商標調査をします。商標が取れるかどうか、専門家が事前に確認するわけですね。ちなみに、簡易な調査なら素人でもできます。特許情報プラットフォームで検索するだけですから。もちろん前述したように類似かどうかを判断するのは難しいです。でも、全く同じ読みのものがあればかなり危険度は高いと推測できるわけです。まあ、今回は行けると判断したんでしょうね。実際一度は登録されたわけですし。ただ、無効審判請求のリスクを抱えるわけですから、ちょっと危険ですね。それに、商標が登録される前に商品を発売するというのはかなり怖いです。うちの会社で出願が遅れて発売時点で商標が取れてないことになんてことになったら、めっちゃ怒られます。
商標が最終的にどうなるかは、審判中なので僕には判断できません。
でも、リスクを抱えたまま商品を発売するのはやっぱり怖いですね。
■2024/5/16商標裁判の判決について
2024年5月16日、商標登録6409633(アルファベットの入っていない「雨降」だけの方)の判決が出ました(判決全文は→こちら)。経緯から説明すると、まず、2023年9月21日に特許庁により、この商標の無効請求は成り立たないとの審決が下っています。それに対し、AFURI側はこの審決の取消しを求める訴訟を提起しました。つまり、二審というやつです。5月16日の判決は、その審決に対する取消請求裁判の判決ということになります。
日本は三審制なので、制度上は今回の判決を上告して最高裁判所で争うこともできます。ただし民事や行政訴訟裁判の場合は、上告できるのは、憲法違反である場合や手続きに問題があった場合などに限られるため、おそらくAFURIは上告していないのではないかと予想します。
ただ、これで吉川醸造側の勝利が決まったわけではないことに注意が必要です。
今回の判決はあくまで「雨降」という商標が無効にならなかったよという意味です。判決の中でも「雨降をあふりと読んで使っていいよ」とは言っていないんです。これで「雨降」のロゴは使用できることが確定しましたが、上記のように「AFURI」付きの「雨降」ロゴについては、一度類似の判断が下った後に、現在は審査が止まっている状態です。「あふり」読みの使用については別途民事裁判が続いているようです。
なお、裁判の中で吉川醸造側は、『公報等における「アフリ」の記載は「参考情報」にとどまるものであって、特許庁が称呼を認定したものではい』と主張しています。つまり自ら「雨降をアフリと読むのは一般的じゃないから類似じゃないよ」と言ってるわけです。その主張が通り「雨降」の商標が無効にならなかっただけ。逆に吉川醸造が「あふり」や「AFURI」の表記をしていた場合、AFURIの商標権の侵害になる可能性があるわけですね。
というわけで、この件はまだまだ決着はついていません。引き続き注目していきたいと思います。
それではここからは、この件をいろんな側面から見ていきましょう。
■地名を商標にすることについて
商標法では、地名だけからなる商標は基本的に認められていません。「東京」はもちろん「TOKYO」という商標も取れないわけです。
ただ、産地として知られていない言葉の場合は商標が認められる場合もあり、「泡盛」について、商標「一本松」(愛媛県南宇和郡等の地名)の登録が認められた例があるそうです。
今回の係争のポイントのひとつがここです。また、地名を勝手に商標登録するなという意見も多く見ます。ただ、AFURIの由来となった雨降山は正式名称は大山であり、雨降山というのは通称に過ぎません。AFURIの商標が登録されたのは、地名としては一般的ではないという判断をされたということになりますね。また、AFURIの商標出願を非難する場合は、同様に吉川醸造の雨降の商標出願も非難しないといけなくなります。
地名と商標の詳しい解説は、以下のサイトをご覧ください。
■商標ゴロ非難について
今回の問題について発言されている方の中には、AFURIが理不尽な要求を突きつける商標ゴロのように思われている方もいる印象です。商標ゴロというのは、他人の商品名で勝手に商標を取っておいて、それを企業に売って儲けようとする連中のことですね。僕はそういう連中は嫌いですが、商標登録をしていなかったら実際にそういう問題が起こるわけです。出願大事。
しかし、前述したように、商標を取るにもお金がいるわけですし、AFURIも将来的に使う可能性があると思ったから清酒分野で出願したはずです。しかも、そもそもAFURIが商標を出願した時点ではまだ雨降はありませんでした。そのため、AFURIを商標ゴロと同じように非難するのは、的外れだと考えます。
なお、AFURIの主張によると、AFURIが問題にしているのはラベルにAFURIと記載があり「雨降」をアフリと読ませることで、それをUKOUを読むなら問題ないそうです。また、上記の地名商標ともかかわりますが、雨降に別の言葉を繋げて、例えば「雨降の恵み」のようにすれば商標が取れる可能性もあります。
■商品の廃棄問題について
吉川醸造側の話しでは、商品を全て廃棄処分すること等を要求されたとのことでした。このことについては、一方からの話しなので詳細はわかりません。しかし、AFURI側の立場としては、ラベルに「AFURI」の表記が入ったまま売るのを無条件で許可するわけにはいかないでしょうね。商標侵害を放置すると、商標が普通名称化して、商標権を行使できなくなるリスクがあります。過去の例では、「エスカレーター」「ホッチキス」「巨峰」などはもとは登録商標でしたが、適切な対応を怠ったために普通名称化してしまいました。
確かに廃棄はもったいないです。ただし、廃棄なんてしなくても、上から別のラベルを貼って販売するという落としどころはあったはずです。それがだめでも、ラベルを貼り換えたり、別の瓶に移し替えたりすれば、それはもうアフリではなくなり、お酒を廃棄する必要はない。吉川醸造がそれを拒否したから廃棄という言葉が出たのではないでしょうか。AFURIが最初からお酒の廃棄を求めたとは考えにくいです。あくまで想像ですが。
(2023.8.26 20:00追記)AFURIの公式広報によると、今後AFURIの名称を使わないのであれば、在庫については販売を認めていたとのことです。廃棄を求めていたわけではないと。これは商標の係争においてはかなりの温情措置です。在庫も売らせてもらえない例はざらにありますから。
(2023.8.30 2:00追記)前述のNewsPicksの動画インタビューによると、当初の交渉では廃棄は求めていなかったが、訴訟時の要求内容には廃棄も含まれていたようです。ただし、これは訴訟の内容としてはごく一般的なもので、実際に廃棄を求めるつもりはないとのこと。訴訟に含めておかないと交渉のカードとしても使えないので、これは理解できます。一方、吉川醸造側の主張も間違いではなかったということです。
■結論:で、結局どっちが悪いの?
いちばん大事なことですが、この件については正義と悪の対立は存在しません。両社が自分の意見を主張しているだけで、少なくとも理不尽な悪意は僕には見えませんでした。判断ミスや感情のもつれは見えますけどね。
これが、当事者同士での話し合いだけならどこかに落としどころもあったかもしれません。でも吉川醸造が問題を公にしてしまったことで、両者ともさらに引っ込みがつきにくくなったんじゃないでしょうか。
もちろん、正義と悪の対立はなくても、係争での勝ち負けは存在します。でもそれは、素人には判断できない問題です。素人に判断できるくらいなら、そもそも裁判になんかなりませんよね。また、勝ち負けを決めずに引き分けにするという可能性もあります。
よく言われることですが、正義の反対は悪じゃなくて別の正義なんです。だから、どちらかを悪として非難するのはやめましょう。
実はこれが、今回僕がいちばん言いたかったことです。
なお、個人的に考える落としどころは、AFURIから吉川醸造への商標の譲渡です。AFURIもここまで問題になった以上、AFURIの名で清酒を発売するのはリスクがあります。そこで、相応の対価と引き換えに、清酒の区分についての商標権を吉川醸造に引き渡すし、仲直りするというのが良いのではないでしょうか。その際に上手く広報すれば、お互いの企業イメージの向上も可能で、ニュースバリューによる広告効果も期待できます。
■おまけ:○○男山とか○○正宗っていっぱいあるけど、あれはどうなの?
柄にもなく説教臭くなっちゃったので、最後にちょっと日本酒×商標の面白ネタを。
○○男山という銘柄は、20以上あるそうです。元祖は江戸時代に兵庫にあった酒蔵さん。それが大人気だったので、それにあやかって○○男山と名付けたお酒が乱立しちゃった。当時は商標制度もありませんでしたしね。元祖のお蔵さんは既になくなっているのですが、正当な後継者は北海道にある男山株式会社さんとされています。
○○正宗については、最初に「正宗」を使ったのは現在の櫻正宗株式会社さんです。1840年から「正宗」を使ってたんですが、男山と同様、そのお酒も人気すぎてマネする酒蔵が続出しました。その後、明治時代になって商標制度ができた時、櫻正宗さんは当然「正宗」を商標登録しようとします。でも○○正宗という銘柄が既に多すぎて、商標制度で言う普通名称になってしまっていたため、登録できなかった。だから銘柄名を櫻正宗にしたんだとか。ちなみに正宗の一覧を載せているサイトによると、正宗の名を冠する日本酒は、全国で149種類もあるそうです。櫻正宗さんについては、他にも面白いエピソードがいっぱいあるので、ぜひ下のリンク先も読んでみてください。
以上、いろいろ気になっていた話題を解説してみました。
なお、専門用語や問題認識など、間違っている箇所がありましたら、ぜひご指摘ください。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
2023/8/26 15:01 商標侵害を放置した場合の可能性と、個人的に考える落としどころの箇所を追記しました。
2023/8/26 20:00 AFURIの公式広報がありましたので追記しました。
2023/8/30 NewsPicksのAFURI中村社長のインタビューと、それにまつわる内容を追記しました。
2023/8/31 櫻正宗さんの記事リンクを、内容をさらに充実させた新しいものに差し替えました。
2024/6/5 商標裁判の結果がほぼ確定したので、各所を更新しました。